基礎練習よりも基礎的なこと
今回、久しぶりの参加でいちばんの気付きは対人練習の大切さ。
いくら自分一人で練習するときに“手と足のタイミングの一致”や“一気に伸ばしきる”などを気にしてみても、実際に相手を置くだけで全部がダメになってしまうということ。あとは、相手に当ててみて感じるのは、自分の手首や肘の筋力が弱い(関節がフニャつく)ということ。せっせと筋力を蓄える作業も怠るわけにはいかないな、と。特に僕の場合は手も足も胴もヒョロ長いから…。
逆に当てられてみて勉強になることもあります。ごく軽く当てられただけでも拳を通じて“グッ”と入ってくる力。当たってからの痛みだけでなく、当たるまでの軌道にも違いが感じられます。軌道からして既に痛そう…というか、シュッと伸びてくる過程で筋肉や骨格が正しく使われているのが見えてくるような感じです。見えるといっても目で見ているわけではなくて、ただシュッと来るニュアンス・リズム・予感みたいなものが徐々に確信に近づいてきたとでもいうべきでしょうか。「こう来たら、このタイミングで、こんな感じの痛みがくるんだよなぁ……ほら、やっぱり」という経験が蓄積されていくわけです。
沖縄楽器・三線には楽譜がなくて、生徒は先生と向かい合いながら一緒に弾いて学ぶみたいだけど、あれに似ているのかもしれません。目で見て耳で聞いたものを脳裏に刻んで、それを自分の体で再現する作業。せっせと鍛えるだけでなく、なるべく鮮明に脳裏に刻むこと。それは結局たくさん打ってもらうのが近道なのでは、と。ならばやはり日曜練拳にはもっとたくさん参加しなければいけないということです。
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